音楽

amazarashi 地方都市のメメント・モリの感想

2017年12月16日

地方都市のメメント・モリ

amazarashiのアルバム 地方都市のメメント・モリが2017年12月13日にリリースされました。2ヶ月前くらいには予約していたので発売日だったことも忘れていて届いてから今日リリースだったんだと気づくのが最近のパターンで、ほんの5年前くらいまでは好きなバンドのアルバムだとか漫画や小説だとかの新作が出るとなったら楽しみで楽しみで発売日に気づいていないなんてことは無かったのに、忙しさに追われているうちにこんなザマです。まあ急にモノが届くっていうサプライズはお得感もあって悪くないんだけど。

ただ昔の自分は、好きだって言ってるくせに発売日に買わないで、え、新作出てるの?なんてやつには好きなんじゃねーのかよ、なんて信じられない気持ちでいっぱいだったんだけど、正にそうなって来てる自分が残念。

そしてそれだけならまだしも、近年どんどん1枚のアルバムを曲一曲じっくり聴き込むことが減って来てしまって、もちろん中には延々聴いてるくらいハマるモノはあるんだけど、ただ一度聴いて、いいじゃんて思ってるのに、しっかり聴くタイミングを逃したまま他のアルバムを聴いて、またそのままといった具合にすごく勿体無い消費の仕方をしてしまっていると思っていて。今度時間あるときにしっかり聴き込もうと思ってそれっきりというアルバムも1枚や2枚じゃないのが本当に勿体無い。今回のamazarashiも好きになったのは2010年のミニアルバムの「爆弾の作り方」で知って以来。

ずっと好きなんだけどそれでも一曲残らず聴き込んでいたとはここ特にしっかり聴き込んでいたのは2012年の「ラブソング」くらいまでかも。その後も他のアルバムも一通り聴いてるし、各アルバムに好きな曲は何曲もあって、そういうのは何度も聴いてるんだけど、それでも昔ほど歌詞の1フレーズ1フレーズを解釈しようと考えたりとかそういう時間は減ってしまった。「ラブソング」くらいまではこの曲を聴いてこんなことを考えていたのはちょうど自分の仕事がこんな時とか、こんなことにムカついてしょうがなかった頃とかあの子と付き合ってこんなことを話してたとか、それはそれは具体的に思い出せてすごく自分の生活の中にあったっていう感じがする。

それで今回ちょっと仕事が落ち着いてることもあって、ちゃんとアルバムを聴きながらブログの記事にしてみようと思った。音楽的な知識が全然ないから音楽のレビューとかはしたことなかったんだけど、そういう部分は諦めて歌詞の好きな部分とか、感じたこととかを書いていこうと思う。自分なりの解釈なんかも書いて行くんで、変にミスリードしちゃう可能性もあるので理解して読んで下さい。

amazarashi 地方都市のメメント・モリ

まず慣れない音楽への感想を書こうと思ったのもこのアルバムがすごく良かったから。ちょっと言葉が正しいかわからないけど、今までの曲の広い世界や世間というものに対しての反逆的なエネルギーが強かったのが、このアルバムはもっと身近な、地方都市のというアルバムタイトルにも表れてると感じるけど、青森に住む秋田ひろむの身近な世界で感じたり歌いたいことを歌っているのかなと感じる。今までのアルバムよりも攻撃的な歌詞はあるとこにはあるけど、そればかりではなく穏やかな面も見えたり、でもamazarashiらしさは随所に感じられて、正直昔のamazarashiを好きになった当初の僕だったら丸くなった感じで嫌かもしれないんだけど、やっぱり僕も年を取っているし秋田ひろむだって年を取り、その間にメジャーデビューして成功して、そりゃあ変化はあるに決まっていて、でも変化はあっても大事にしてる部分はしっかり持っているように感じて、今の僕にはこのアルバムのモードはすごく好き。過去のアルバムがあってその道筋を通ってきた上でこれが出てきたっていう前提はあってこそだけど、今は過去最高に良いと思えるくらい好き。

特に好きなのは 空洞空洞、フィロソフィー、空に歌えば、ハルキオンザロード、バケモノ、リタ、たらればってほとんどじゃねーかって感じなんだけど、それくらい好きなアルバム。

引用してる歌詞は特に好きな箇所とか言及したい部分とか。部分部分抜き出してるのできちんとした歌詞ではないことをご理解ください。一つでも好きなフレーズがあるとそれで好きなったりする。

ワードプロセッサー

演算式にしゃべり続けたワードプロセッサー 破り捨てられたちっぽけな一行も 数年を経た今となっては ついには岩のような絶望すらも穿つ

ワープロは秋田ひろむ自身で、破り捨てられたちっぽけな一行は今みたいに認められる以前の批判されたり良いものと判断されなかった歌たち。ダメだとされてきたけど数年を経て認められたことが岩のような絶望に穴を開けたと表現。そこから↓の破り捨てられた=歌うべきじゃないと言われたような歌を歌うと繋がる。 と解釈。

歌うなと言われた歌を歌う
話すなと言われた言葉を叫ぶ
燃やすほどの情熱もないと
いつか流したあの敗北の涙を
終わってたまるかと睨んだ明日に
破れかぶれに振り下ろした苛立ちの衝動を
希望と呼ばずになんと呼ぶというのか

 

空洞空洞

このアルバムの中で一番今までのというかダークなamazarashiを感じる。

夢、希望も恨みつらみも 「君に会いたい」も「くたばれ」も 詰め込んだ火炎瓶で 世界ざまあみろ 空洞空洞

みんな死んだ焼野原で めでたしめでたしで終わり そうだったらいいのにな なつかれちまった 空洞空洞

フィロソフィー

フィロソフィー=哲学、物の見方、物の考え方

先行配信されてた曲。歌詞も良いけどキャッチーなサビとサビのコーラス好き

死ぬ気で頑張れ 死なない為に 言い過ぎだって言うな もはや現実は過酷だ なりそこなった自分と 理想の成れの果てで 実現したこの自分を捨てる事なかれ

君自身が勝ち取ったその幸福や喜びを 誰かにとやかく言われる筋合いなんてまるでなくて この先を救うのは 傷を負った君だからこそのフィロソフィー

自分を守って 軟弱なその盾が 戦うのに十分な強さに変わる日まで 謙虚もつつましさも むやみに過剰なら卑屈だ いつか屈辱を晴らすなら 今日、侮辱された弱さで

うまくいかない人生の為にしつらえた陽光は 消えてしまいたい己が影の輪郭を明瞭に 悲しいかな生きてたんだ そんな風な僕だからこそのフィロソフィー

水槽

ポエトリーリーディングの曲。アルバムのタイトルにもかかっている地方都市=青森を歌っているのかな。

見てみろよ これが世界の全てだ

シャッター商店街 環状道路7号線

地元のラジオから流れるスタジアムロックが

大仰なエンジン音で ネズミ捕りに捕まった

退屈も悪くないって言葉は 退屈以外を知ってはじめて言えるんだ

そして、あのパチンコ店の看板

あれが世界の果てだ

これが世界の全てだ 地方都市の中で見る狭い世界はこんなもんだってところか。最後の曲のぼくら対世界はぼくら=地方都市かと思ったけど、世界が地方都市か。

空に歌えば

シングルリリースされてる曲。疾走感溢れる、キャッチーでかっこいい。歌詞の意味よりも音で歌いたくなるサビ。空に歌えばのコーラス好き。

忘れない 悔しさも 屈辱も 胸に飾って

 

掴んだものはすぐにすり抜けた 信じたものは呆気なく過ぎ去った それでも、それらが残していった、この温みだけで この人生は生きるに値する

 

必然 必然 終わらすには失くしすぎた それ故、足掻け

有限 有限 残り僅かな未来だ それ故、足掻け

ハルキオンザロード

amazarashiって感じ。曲も歌も歌詞も好き。歌詞も何度も読んでる。表現が好き。

僕らの別れは最初から決まっていた。

ハルキはホントに人生が下手だから 子供のキャッチボールみたいに
全く不器用な放物線 ああ ああ 放り投げた身体が 落下したとある夏の一夜
そこが我が家だって顔で生きていた

身を投げて自殺した、道に倒れているハルキの状態がタイトルのハルキオンザロードかな。そこが我が家だって顔で生きていたのは人生が下手だからか。

時間の後ろ姿追い越した

この辺がなんとなくわかるような、でもいまいち腑に落ちる解釈が出来てない感じ。

夜を散らかし夏を散らかしそれを露骨に照らす夜明け

この表現好き。自殺で騒ぎになってる様子が夜を散らかし夏を散らかしで、現場の様子やハルキの身に起こったことが明らかになるのが露骨に照らす夜明けっていう感じに受け取った。

ハルキ、君は僕にとって腫瘍だ

手の施しようない未知への衝動

眩い光ほど誘われる虫 白日の下でどこへ行けばいい?

時の移ろい 人の移ろい 今でも露骨に照らす夜明け

手の施しようない未知への衝動は死にたくなる気持ちかな。多分元々死にたい気持ちを持つことのあった秋田ひろむのそれを誘うハルキの記憶は腫瘍だと言えるっていう感じ。誘われるままに行ったらいいのかっていう。

悲しみ一つも残さないで

ここで具体的に青森という言葉が出てくる。青森から出ていってしまう人を歌ってるんだろう。

ああ大嫌いのところ歌が好き。

ああ大嫌い 苦しい事は なのに僕ら戦ってばかり

できればこっそり出てってくれ 悲しみ一つも残さないで

バケモノ

彼は化け物 嘘を食らう獣

例えば僕は今消えたいのに 嘘をついてる 嘘をついてる 家族の手前、学校には時間通り出掛けるんだよ そして今日も楽しかったんだと 嘘をついてる 嘘をついてる こいつを食らえ なあ化け物、ずいぶんうまそうに食うもんだな

ほんとは僕、死に損なったのに 嘘をついてる 嘘をついてる 家族の手前 「運が良かったんだ」と 悪びれて笑ったよ そして今日も息をするみたいに 嘘をついてる 嘘をついてる こいつを食らえ なあ化け物、ずいぶんでかく育ったもんだな

僕の背丈を超えた化け物 嘘の塊みたいな僕を 綺麗さっぱり食べてくれないか 「生きるのが辛かった 苦しくてしょうがなかった だけど辛いと思われるのが 一番辛いことだから」 ようやく本音叫んだら 化け物は見る間に萎んだ でもね僕はまだ嘘を隠してる 自分さえ騙す僕の嘘を

ほんとは笑って生きたいくせに 嘘をついてる 嘘をついてる 理想、現実 そのずれを 埋めるための仮初の夢想なら 弱い僕らに嘘は必然か 今日も誰もが 嘘をついてる そいつを食らえ なあ僕らは、表裏一体の実像と影

すごく好き。親を安心させるためや傷つけないための嘘とか、生きるのが辛いし苦しくてしょうがないけど辛いと思われるのが一番辛いとか、共感だらけ。で本音を話すことで化け物が萎んだんだけど、でも最後の嘘は自分んごと化け物を騙していて本当は食べて欲しい、死にたいではなくて笑って生きたいであるっていうひっくり返しかたいいな。

リタ

自分に思い当たることがありすぎて一曲まるまる歌詞が好き。多分実際に自分が振られた時のことを歌ってるんだろうなと思う。

特に好きなところ

離れない人に泣いたりしない 壊れないものに泣いたりしない。

うまく行ってる時は泣かないから離れたり関係が壊れたりしたからこそ泣くっていうことだと解釈。この後の〇〇に泣いたりしないとかは全部同じように思ってる。

変わらないと思ってた。そんなものある訳なかった。

でも君はそう思わせたんだ。まるで詐欺師か魔法使いみたい。

きっと心配する余地ないくらいうまく行ってるように思わせてくれてたのに突然終わってしまったんだろうな、そんなことある訳ないのにっていう言い草まで完全に自分の過去の思い当たることと重なってた。

気持ちが見えたならいいのにな いややっぱりいらないや 残酷だから

 

一つを選ぶという事は 一つを捨てるという事だ それならいいよ 僕は大人しく ゴミ箱に入って君を見送るんだ ねえリタ

自分が捨てられたことの表現をこの表現なのいい

自分の為に泣いたりしない 苦しい時も泣いたりしない そんな君がさ なんで泣くのさ 僕より先に なんで泣くのさ

捨てられた自分のためにリタが泣いてるって感じるのは、捨てられてもリタのことを良く想ってるから。
リタのことをよく思ってなかったら深い理由なく別れるからとかバツが悪いから泣いてるってとこ。だからリタがいい女性っていう風に思うよりも秋田さんがリタのことを良く想っていたんだなあっていう解釈で、これも自分の過去と重なって共感。

たられば

空に歌えばのカップリングでも収録。正直タイトルとはじめの一節を聞いたくらいではなんか悪い意味でガキくらいつまんない曲かなって感じてしまったんだけどすぐ覆されてむしろスゴく良い曲だった。

もしも僕の頭が良かったら 大学に行って勉強するよ 立派な仕事で親孝行して 両親が喜ぶ顔が見たかった

まさに共感で、いわゆるいい会社に入るとか公務員にでもなるとか、そういうのが一番親を安心させてあげたり自慢の息子になることが出来他のかなーなんて思う。

もしも僕が話し上手だったら 深夜ラジオのパーソナリティーになる どこかの誰かの辛い一日を 笑顔で終わらせる人になる

俺も深夜ラジオ好きーってだけで刺さっちゃうんだよな、こういうワード。もうこの辺からいい詩の畳み掛けっていう感じ。

あなたの眠った顔見ていたら こんな僕も 悪くはないなって思えたんだ 無い物ねだりの 尽きない戯言

もしも僕がミュージシャンだったなら 言葉にならない言葉を紡ぐ 誰も聞いた事無い旋律で そんな事考えていたっけな

もしも僕が名医だったなら 親父の病気は僕が治す 照れくさいから言わないけどな そういうとこばっかり似てるよな

あなたの眠った顔見ていたら こんな僕も 悪くはないなって思えたんだ 無い物ねだりの 尽きない戯言

もしも僕が神様だったなら 喜怒哀楽の怒と哀を無くす 喜と楽だけで笑って生きていて それはきっと贅沢な事じゃない

もしも僕が生まれ変われるなら もう一度だけ僕をやってみる 失敗も後悔もしないように でもそれは果たして僕なんだろうか

 

命にふさわしい

好きな人ができた 確かに触れ合った アスファルトより土 鋼鉄より人肌 無意識に選ぶのが 冷たさより温みなら その汚れた顔こそ 命にふさわしい

身の程知らずと ののしった奴らの 身の程知らなさを 散々歌うのだ 前に進む為に 理由が必要なら 怒りであれなんであれ 命にふさわしい

全部を無駄にした日から 僕は虎視眈々と描いてた 全部が報われる朝を

世界を欺くに値する 僕らのこれまで

歌詞はすごくいいんだけど正直アルバムでかけてるとどうも聞き流しがち。じっくり聴くといいんだけどな。

ぼくら対せかい

人生に意味を問うたら終わりだ って価値観で虫を潰した 僕らにとって哲学とは居酒屋の便所に貼ってあるポエムだ 飲みすぎたときにだけ「頷けなくもないな」なんて頭よぎる代物 翌日には汗と伝票であっという間に干上がる

フィロソフィーのあとで抜け抜けとっていう感じも好き。フィロソフィーで歌ってる哲学は君の君こそのフィロソフィーだからいいのかな。

束の間の休息、週末に 公園でぬるい風に吹かれて 繋ぎあう手に 時を経た分、それだけの温もり あの日救った世界の続きを あの日うち倒した世界のその後を 苦悩しながら 僕ら懸命に生きてた

この曲で出てくる具体的なワードの色々はきっと青森の、秋田ひろむの目に映る風景でそこで懸命に生きてたっていう曲かな。水槽の曲の項で書いたけど地方都市という狭い世界が世界であり、ぼくらの世界。それと、そこで、戦ってるぼくらなのかな。その地方都市=青森が嫌いで出ていくんではなくて、そこで懸命に生きてる。

なかなか慣れない音楽のレビューは難しいですね、うまく言葉に出来なくて。ただ長いだけで中身が無くなってしまいましたが、好きなことだけでも伝わったら良いなあ。ただ好きな箇所の歌詞を見てもらうだけでも引っかかる人には引っかかるんじゃないかと思います。少しずつ経験値を上げてもう少し良い感想が書けるように頑張ります。

解釈はあくまでぼくの解釈なんで正しいかはわかりません。そこは自由に解釈させてくださいって思ってるんだけど、でも何か見落としとか勘違いで明らかな間違いには気づきたいのでコメントでもtwitterでも教えてもらえると嬉しいです。

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